ニヤ伝
沼の章 〜底無し沼にハマるのは底無しの馬鹿〜
(承前)
光の世界 水門近隣
目が覚めた。
何をしていたのだろうか。何か得体の知れないものが巻き付いてきてからの記憶が無い。
視界の殆どを占めているのは、光沢がある小麦色の肌。しかもヌルヌルする。
「……油?」
その反応は、先程のロザリオと同じだった。
もしかして、あのおっさん――考えただけで気持ち悪いが――に運ばれてるのか?
そう思うと身の毛がよだつ。
…大体ワープの為の曲なんじゃないのか?そのための曲なんじゃないのか?
なのに何で走ってる?これじゃワープ必要ないじゃないか。オカリナの必要性が無いじゃないか。
デットは羊…のつもりでいるオッサンから離れようとしたが、毛でがっしりと掴まれているのでそれは不可能だった。
「何だよこれ…どこもかしこも脂ぎってるじゃないか」
着いたら体を洗わないとな…。デットはそう思った。
光の世界 あやしの砂漠
あやしの砂漠にて、デットは魔方陣を見つけた。だが、魔方陣は封じられていた。誰がそれをやったのか。答えはすぐに出た。
司祭デスだ。
途方に暮れている時、老人に出会った。
老人は自分を『先代の魂の賢者』と名乗った。
それが本当ならば、魔方陣の封印を解けるはずだ。
そして、現在に至る。
「では、始めるぞ」
老人がそう言うと、デットは頷いた。呪文を唱え始め、老人の足元には魔方陣が現れる。
目の前にあるのは、悪魔の沼へと通じる魔法陣。だが今は黒い何かがふさいでいる。
「太陽の神よ、我らが勇者を阻む闇の障害を除きたまえ、ラーよ、我らが勇者に光を与えたまえ」
魔方陣が光り始め、その光に反応した黒い何かが苦しみ出す。
しばらくして黒い何かは消えていった。
「終わったぞ」
デットは頷き、魔法人の中へと入っていった。
老人はそれを見届け、ポツリとつぶやき、去っていく。
「もうすぐ…全てが決する。闇に堕ちるか、光が救い上げるか…」
闇の世界 悪魔の沼
その沼には雨が降っていた。それは、決して止むことの無い、魔の雨。
沼には、ムカデともなんとも言い切れない魔物がいた。
デットはそれを極力無視し、この広大な沼の中心へと向かった。
そこには、エーテルと同じ紋章が描かれている。
それが鍵である、とデットは思った。
根拠は無い、直感だ。…いや、根拠はある、直感こそ根拠。
サッドネスノクターンを掲げ、エーテルのメダルを握り締め、デットは叫ぶ。
「エーテル!」
退魔の光が天空からサッドネスノクターンへ伝わり、沼の邪気をはらう。
沼の邪気は天に上っていき、四散する。
今まで止む気配すら見せなかった雨が、沼の中心から晴れていく
そして、沼の中から神殿が現れる。
神殿自体は巨大なのだが、大きく見積もっても沼の四分の一くらいの面積しかない。
デットはその神殿の中へと入っていく。
その中には、魔物の彫刻が何体も置いてあった。
聞くところによると、魂の神殿は特殊な防衛部隊がいるとか何とか。
もしかしたら、魂の賢者が石像に命を吹き込んだものが、その防衛部隊の正体なのかもしれない。
だが、魔物にのっとられた状態では防衛部隊も何もない。
やがて、大部屋に出る。
そこには、何も無かった。…というよりも、見つからなかったの方が正しい。
沼の水が染み出してくる。それは、徐々に大きく、最終的にはデットの腰あたりまで浸水する。
時折、粘り気のある液体が天井から落ちてくる。それもまた徐々に量を多くしていく。
液体は自らの体を集め、やがて目を形成する。中心に大きい目玉、その周囲に小さい目玉。
沼の水が目玉をコーティングする。
その魔物――ゲルドーガ――が咆哮をあげた。
デットは、目の前にいる目玉を凝視する。
また目玉か…と内心飽き飽きしつつも、デットは身構える。
鼓膜を破らんばかりの咆哮とともに、ゲルドーガの攻撃が始まる。
デットめがけて、ゲルドーガの本体――恐らく一番大きい目玉――にまとわりついていた小さい目玉が突進してくる。
一匹、二匹、三匹・・・いや、十匹以上はいる。
デットはサッドネスノクターンを突き立て、一匹目を倒す。
デットの前後から、目玉が向かってくる。
それに対しデットは、回転斬りで応戦する。
エネルギーの奔流に巻き込まれ、目玉は消え去る。
そして、本体から雷。
反応も出来ずに、デットはもろにそれを食らう。
高圧の電流が体の中を迸るが、叫ばなかった。いや、叫べなかった。
少しの間、デットは気を失った。
途端、ゲルドーガの攻撃が止む。
いや、止んではいないが、デットには当たらなかった。
ゲルドーガが再び稲妻を打とうとする。
デットは目を覚ました。
立ち上がって、周りの状況を確認する。
ゲルドーガが稲妻を放った。
デットは身構えるが、稲妻はデットに当たらず、空を裂いて後ろの壁に衝突。
何百万ボルトもの電圧に絶えられず、壁は崩壊する。後ろには魂の神殿特有の網目の床があった。
デットは不思議に思った。何故当たらなかった?
…稲妻が外れたわけでもなんでもない。
流石にこちらに向かってくる様子までは見えなかった、だが今のは自分に当たってもおかしくない軌道だったはずだ。
自分の背後には妖精がいる。淡い、そして青い光の妖精。ロザリオだ。
「…お前か?」
まさかと思い聞いてみる。だが帰ってきたのはノーの答え。
では誰だ、そう考える間もなく、ゲルドーガが稲妻を放とうと力をためる。
そして、ゲルドーガは再び稲妻を放つ。
またも外れる。
何故だ、そう考えるより早く、デットはゲルドーガの本体にサッドネスノクターンを突き刺す。
ゲルドーガの本体から血が噴き出す。それを間近で浴びたが、デットの服は返り血を弾いていた。
その時のデットは気付かなかったが、返り血を浴びた右手がほんのりと光っていた。
正確に言えば、右手の甲にあるアザとなるが。
今まで活発に動いていた目玉――どうやらこいつらはデットに近づけなかったらしい――が動きを止め、少しずつ溶け出した。
その中のひとつに、魂の賢者のクリスタルはあった。
デットはそのクリスタルを拾い、そっと手を離す。
クリスタルは回転しながら、ゆっくりと大きくなる。
そして、賢者が現れる。
「デット、貴方のおかげで、魔族の手から逃れることが出来ました…。ありがとう…」
おきまりのパターンか…デットはそう思った。
「私の名はイスラ。魂の賢者です」
「あれ、何か違う」
即座に反応したのはロザリオ。デットは言われて気付いた。
「そういや、司祭デスの陰謀が無いな」
もうその話はどうでもいいか、と言った後で思った。
「ガノンが私たちを集めたのは、ガノンの力では七賢者の封印を破れなかったからなのです」
イスラは語り始める。いつものことなので気にしない。
「そこで、司祭デスというガノンの分身を使って賢者の力を受け継ぐ娘七人を闇世界に送り込ませました。
七人の力を利用して封印を破った後、用が済んだ私たちはクリスタルに封じられ、魔物たちに与えられました。
…ガノンは他にも何かしようとしていたみたいだけど」
イスラはそこで口を閉じる。休憩、と言ったところだろう。
「大体何しようとしてたか予想はつくわね」
ロザリオがデットの耳元で囁く。一応言っておくが、巨人の仮面装着済み。 「…結局ガノンもアレか」
「英雄は色を好むとは言うけれどね」
正直な話、もうちょっと政治的というか、何と言うか、とにかく外国への侵略に使うとか考えられそうなものだが。どうにもこの連中ムッツリらしい。
ロザリオはどうかは知らないが。
イスラは、やれやれとでも言いたそうな顔をしている。
「ただ、あなたの力を過小評価していたのはガノンのミスでしたね」
ガノンは確実に焦り始めている。だから砂漠の魔方陣を封じたのだ。
そして、デットは確実にガノンを射程内に収めている。
「さあ、ニーヤ姫がカメイワであなたを待っています。急いで行ってあげてください」
デットは頷く。
自分の大切な人として、友人として。彼女を助けたいと、今なら思える。
使命感とか、そんなもので動いてるわけじゃない。あの時、こうであろうと決めたから。守りたい、救いたいと一瞬でも思ったから。
さあ行こう。心に決めたことをやり通すために。
「ちゃんと聞こえましたか?
▼ う ん
ぜんぜん」
…そう思ったのだが、この一言によって決意が突き崩された。
決意を持ち直すのに時間がかかったことは言うまでもない。