ニヤ伝
終焉の章 〜お前ら泣くんじゃないよ〜
(承前)
薙刀がデットの頬を掠める。
薙刀が触れた箇所に切り傷ができるが、それはすぐに炎によって塞がれる。
炎。デットの周囲を取り囲むそれはこの空間の空気を燃やす。最早息苦しさという問題ではないほど、その炎は激しく燃えていた。
炎の中に包まれて尚、黒い服は高熱からデットを守っていた。
「まだ…こんなもんじゃない!」
デットはやっとの思いでその言葉を吐き出し、銃を構える。
狙いはただ一つ。この炎の向こうにいるガノン!
銃口から、淡い青の光が飛び出した。
その光は、周りの炎をかき消し、さらにはガノンの左腕を負傷させた。
「これでガノンに四人の力を打ち込んだことになる。あと三人の力を…!」
「わかってる」
ガノンが後ずさる。その行為から、ガノンの動揺が見て取れる。
あと少しで、あいつを倒せる。あと少しで!
今やガノンに薙刀は無い。ならばどうするか。それを考えるんだ。
「おのれぇ、おのれぇ!」
肉体的にも、経験でも、こいつと俺とでは歴然とした差があるはず。
「ふざけるなよ、小僧!」
突然、灯ろうの火が消え、部屋が闇に包まれる。
デットは突然襲ってきた暗闇に、ガノンを見失った。
そして、デットが自分の後方にガノンの気配を感じたのは、丁度ガノンが薙刀を振るおうとしていた時だった。
一閃、そして間一髪。
そして、サッドネスノクターンで切り返す。
ガノンの胴体を掠めたが、当のガノンはそれを気にする様子も無い。ここにきてガノンの気力が復活してきたようだ。
またもデットはガノンを見逃す。
「俺の姿がお前には分かるまい。これが闇の秘術。この暗闇の中では、退魔の剣も無力に等しい。俺にここまでさせたことを後悔するんだな!」
ガノンの高笑い、そして、猛攻。
これは司祭デスも行った魔法。しかし、司祭デスの時とは違い、魔力においてこちらが圧倒的に不利。ならば、別の方法を考えなくては。
ガノンの攻撃をギリギリで避けながら、デットはこの魔法を解く方法を探していた。
第一に、エーテル。ダメだ、一時的に光を取り戻しても意味が無い。光の賢者の力は既に使ってしまった。
そこで、デットは灯ろうの存在を思い出した。
この部屋に二つあった灯ろう。あれの火が消えてからガノンの姿が見えなくなった。ならば…。
ボンバー。デットは正確な狙いで炎を放った筈だった。しかしガノンに読まれていた。ならばファイアロッドも使えない。
どうする…?
「私の力なら、あの灯ろうに火を点せるかも…」
そうデットに語りかけてきたのは炎の賢者。やるしかないな。デットはそう思い、銃を構える。狙いは、部屋の中央。
ブレイズ・ブロッサム。その部屋の中央で咲いた炎の花は、二つの灯ろうに火を点し、ガノンの動きを止めた。
自身の炎をも超える高熱に晒されたガノンは、片膝を付く。
そして、ソードビームの追撃。
ガノンはそれをやっとの思いで弾いた。しかし、デットにとって十分なほどの隙を、その行為は生んだ。
「これで、あと二つ…」
デットは立て続けに銃を放った。魂の賢者の力。それを受けたガノンは動きを封じられた。
これが最後!
「ニーヤ、後は任せた」
「ええ!」
時の賢者の力が、その部屋を覆いつくした。
銃口から発せられた無数の光の束は、やがてその対象となったガノンを取り巻き、収束していった。
「七賢者よ、今こそ悪しき者へ封印を!」
クリスタルの中のニーヤがそう言うと、それに呼応するかのように他のクリスタルが飛び出した。
七つのクリスタルは、それぞれが持つ色に発光した。黒、青、緑、黄、赤、橙、白、それぞれの色はその部屋を塗りつぶす。しかし、不快な気分にはならなかった。
「ニヤリスの神々よ、今ここに誓う。我ら、そなたらに誓う」
そう言ったのは闇の賢者。
「今ここに佇むは心やましき者」
「邪悪持ちし者に、楽園からの追放を!」
ガノンを取り巻いていた光の束が、その魔王を異界へと転送する。いつしかその光の束は点を目指し、闇の世界全体を包んでいった。
その光を見つめ、ガノンの塔の頂上でそれを見た三人の男女は…。
「終わったんだね、全て…」
「ああ、彼はよくやったよ」
「これで、俺たちの旅も終わりだな…」
口々にそうつぶやき、そして闇の世界を包む光の中へと消えていった。
それから一刻ほど後…。
「やった…。やったんだ…!」
まだ光の余韻が残るその大部屋を、一人佇んでいたデットは、そう言った。
彼の短くて長い旅は、今まさに終焉を迎えようとしていた。そして、これから彼の新しい旅が始まる。
「デット、やりましたね」
そう言ったのは時の賢者、ニーヤ。彼女もまた、この数奇な運命を共にした仲間であるとともに、デットの大事な友達だった。
デットは振り返る。そこにはクリスタルの呪縛から開放された賢者たちの姿があった。
「ありがとう、みんなの力が無かったら、ここまでやってこれなかった」
「いいんですよ、デット。私たちは貴方に助け出されなければ、ガノンを封印することは出来なかったでしょうから」
闇の賢者が言った。
確かに、デットがいなければ賢者たちは囚われたままだった。だが、彼女らがいなければデットがガノンに勝つことは不可能だったと言うこともまた事実。
「それでも、礼を言いたいんだ。本当にありがとう」
賢者たちが頷く。そして、彼女らにはまだ仕事がある。
「これが私たちの最後の役目です。全てが終わった今、この世界への扉を閉じなければなりません」
デットは頷く。そして、自分にも最後の役割があることを、デットは知っていた。
「さあデット、トライフォースが待っています」
「うん、わかってる」
正面の壁が消え去る。そしてその奥には、聖三角…トライフォースの姿があった。
「これが、トライフォース…」
恐る恐る、手を触れてみる。
すると、光を放つ、少年とも少女ともとれぬ中性的な容姿をもつ人が宙に現れた。
いや、人ではない。言うなれば…精霊。
「よくここまで来ましたね、デット。あなたは今まさに、この世界を救う救世主となったのです」
その精霊が言った。その声すらも、男のものか女のものか分からない。
「トライフォースの所持者であったガノンが倒れた今、トライフォースは新たな所持者が現れる時を待っています」
「新たな所持者…」
「私はトライフォースの精。さあ、望みなさい。あなたの世界を…」
望む世界。決まっている。デットが望む世界は…。
光の世界 ニアリス城下 大広場
三ヶ月が過ぎた。
司祭デスの一件による爪痕はまだ残っているものの、この国の建て直しは困難なことではなかった。
しかし、その建て直しの最中に現ニアリス王が病気で倒れ、自分が死ぬ前に後継者を決める、と言うことになった。
その結果選ばれたのがサリア王子という若き王子だった。
かつてのデットの仲間がどうなったのかと言えば、ロザリオとイヴァリアスは迷いの森に帰った。
シープは何処へ行ったのかといえば、今はカカリコ村の鍛冶屋、梶木梶太郎と梶田梶蔵の所に引き取られた。
…どうやらただの羊だったようだ。何故闇の世界に迷い込んだのかなどは不明のままだ。
闇の賢者・イゲルはヤコー村に帰り、薬屋のコウメ、コタケと共に暮らしているそうだ。
水の賢者・ライムと森の賢者・レイン、炎の賢者・メルと魂の賢者・イスラはそれぞれの家へと帰ったそうだ。
光の賢者・ニーナは詳細が分からない。元々放浪癖があるようで、今も旅を続けているとか。
ニーヤはニアリス城に帰り、国の建て直しに尽力していたそうだ。
そしてデットは、自宅に帰り、ガルドと共に暮らしていた。
今まで神殿から持ち出したものは全て神殿に返し、サッドネスノクターンはまた眠りの時を迎えた。
そして…。
午前十時。デットはその大広場の人混みを掻き分けていくところだった。
それを、とある人に呼び止められた。
「デット、待ってください」
その声の主はレイン。森の賢者である。
「あ、レインさん。どうしたんですか?」
「私も呼ばれていまして」
その一言で、何で、どうしてという疑問はなくなる。
「え、ニーヤにですか?」
レインは微笑み、デットの手を引いていった。
レインに連れていかれた先は、ニアリス城門。そしてそこには、ニーヤを始めとする七賢者たち。そして、ある男…。
「おおおおおお前がデットか!」
その男はデットを見るなり胸ぐらを掴みかかってきた。
突然のことにデットは何もできなかった…というよりは、しなかった、の方が正しい。
「お前か、夕飯の時にいっつも話に出てくる勇者ってやつは!」
デットは何を言っているのか全く分からない様子。無理もない。
「ちょっと、サリア…」
「くそっ、羨ましいぞデット!」
「何の話だこれは」
「ひがんでるだけですよ…」
この後ニーヤが話してくれたことによれば、この男はサリア王子であるそうだ。そして今日、ここで戴冠式が行われる。
今まで「王子」であったサリアが、改めて「王」になるのだ。
その意味を、他ならぬニーヤはよく知っていた。しかし、心残りはなかった。むしろ、この運命を受け入れたいと思っていた。
デットとサリア、この二人はニーヤにとって大切な存在だったからだ。
そんなニーヤの様子を知ってか知らずか、デットはニーヤに声をかけた。
「ニーヤ、おめでとう」
デットも分かっていたのだ。ニアリス王女であるニーヤが、サリアと結婚することは。
これはその意味の『おめでとう』でもあり、もう一つの意味もあった。
「僕はニーヤとサリアなら、この国を良くしていけると思う」
「ご期待に沿えるようにがんばりますね。ね、サリア?」
そう言われたサリアは、しどろもどろに答えた。
その様子をみて、デットと七賢者たちは笑った。
この数ヶ月間、笑ったことなどあったろうか。そう思わせるくらいに、この八人は笑った。
まるで、この世の全ての厄災を、その笑いで乗り越えていけるかのように。
「それよりも、時間は大丈夫なのか?」
戴冠式は今日の正午行われる予定だった。
ニーヤは時間を確認し、まだ余裕があることをデットや七賢者に伝え、ニアリス城の大広間へと案内した。
デットは見るも久しぶりなニアリス城の中に入り、嫌な記憶を思い出してしまった。
一般的な感覚からすればそうだが、しかし、デット自身はどうだろうか。
「…ここから、全てが始まったんだな…」
全てはこの場所、あの時始まったのだ。ニーヤを司祭デスの手から救い出した時に。
「ここに来なかったら、今の僕はいない。ここにいなかったら、今の世界もなかった…」
「そうですね…」
感慨深い、そういうべき感情があった。例え嫌なことがあっても、例えどんなに辛かったとしても、デットはそう思わずにいられなかった。
「私とデットの恋路もここから始まったのね!」
「…お前はいつからここにいた」
「ふっふっふ、『デットの行くところに私あり』よ」
…つまりつけてきたということか。
そして突然、サリアが再び胸倉を掴んできた。
「妖精まで落とすとはこの女たらしめ!」
「…だから何の話だ」
最早ただのいちゃもんじゃないか。そう思いつつデットはため息をついた。
戴冠式。ニアリス城下の大広場において行われたそれは、ある種の儀式であり、祭りであった。
王子や王にとっては、時代の変革を迎えるための儀式であり、市民にとっては、新たな王の誕生を祭るためのものだった。
故に「戴冠式」であり、「戴冠祭」だった。
「ねえデット、そういえば何でニーヤを助けたの?」
その疑問は、当初のデットさえ分からなかった疑問だった。
だが今なら、その答えが分かる。
それはとても小さな頃になくした記憶。今はもう覚えていることの無い…筈だった記憶。幼い子供の頃に見た夢…。
だけど、今のデットははっきりとそれらを思い出していた。
――いいですか、デット。夢を忘れることの無いように、心の中にしまっておきなさい。その夢は、いつか貴方を助けます…。
いつかガルドが言ったその言葉を、デットは頭の中で反芻してみた。
小さい夢だったが、恐らくみんなが思うこと。ただ幸せになりたいという、小さな願い。それらをただ、守りたかっただけなのだ。
「さあね。ただの気まぐれだよ」
デットは肩をすくめてそう言った。
「えー、デットの意地悪ー」
「そう思うか?」
口元に笑みを浮かべるデット。そうだ、この小さな妖精だって、幸せになりたいはずだ。幸せになりたくない生き物なんていないはずだ。
みんなが幸せに暮らせる世界。それがデットの望んだ世界だった。
サリアがこの国の人々を苦しめるようなことがあったら、デットはサリアに立ち向かうつもりだった。
だが、当面はそんな心配も無いだろう。ニーヤもいる、七賢者がいる。
ニアリス城の方向から、花火が上がる。戴冠式が始まるのだ。
サリアがニアリス城門から現れる。
戴冠式が行われるその様を、デットは感慨深げに見つめていた。
これからニアリスの国は、新たな時代を迎える。
その時代に新たな脅威が現れても、それを跳ね除けるであろう。
何故ならば、この国には心強き者がいるのだから…。
〜The END〜
後書き
終わったああああああああ!!(何