ニーヤの伝説外伝
〜守りたいもの、許せないもの〜

デットとロザリオ〜荒野に咲いた千日紅

一応解説しておくと、千日紅は熱帯アメリカ原産のユリ科の植物で、花が長い間赤いから千日紅と言うのです。花言葉は「変わらぬ愛情」
本編で書ききれなかったことを書いてます。デットの決意とか決意とか決意とか
デットたちのイメージが崩れちゃう警報発令しておきます


ニアリス城より東に進んだ所に、荒野があった。

そこには、草木一本生えてはいない。

というのも、昔、巨大な魔物が草原を一夜にして荒野に変えてしまったからだ。

そういう伝説が、この付近の村には伝わっていた。

光の世界 ヤコー村

「ばあさん、この薬いくら?」

ここは荒野近くにある村。ヤコー村というらしい。

そこにある薬屋で、顔の右半分を前髪で隠した少年が薬を買い求めていた。

彼の傍らには、妖精がいる。ここではあまり見ない。

そもそも妖精は、ここよりずっと西にある森に住んでいるはずだ。

「それはね、20ルピーだよ」

「20ルピーね。えっと…はい」

少年は20ルピーを差し出し、ビンを開けようとする。

老婆はその姿を見てこう言った。

「ちょっと待った、飲むだけならお代は要らないよ」

「え?そうなの。でもそれいらないよ」

「そうかい。こっちにはもらわない理由も無いしね。ありがたくもらっておくよ」

なかなかこの少年は気がいい。いまどき珍しい子だ。

でもなぜだろう、この少年はこの村の若者たちとは雰囲気が違う。腰に剣を挿しているからなのか。

それとも、他の何かがそう感じさせるのか。

「コタケばあさんによろしくな」

「分かってるよ、あんたもがんばり」

少年は走っていく。荒野のほうへ行ったのだが、老婆はそんなことは気にしなかった。

荒野は、今はとても危険な状態だ。

だが、少年は剣を挿していた。それが何を意味するか、老婆には分かっていた。

だから敢えて何も言わなかった。

それに少年はニアリス城下の方から来たと言っていた。

ならば、あの荒野を一度は抜けてきたということだ。

一度抜けられた道を抜けられないことは無い。老婆はそう考えていた。

あの少年の背中が、夕日の中に溶けていた。

「…コタケさん、いつまであたしらは司祭にビクビクしなけりゃならないんだろうね…」
 

光の世界 荒野

「デット、そろそろ休憩しない?」

「そうだな…ここなら魔物も簡単には来れなさそうだしな」

少年はため息をつく。なぜ戦いに駆り出されることになったのだろう。なぜ僕でなきゃならないのだろう。そんなことを考えていた。

「なあ、なんで僕がこんな戦いをしなきゃならないんだろうな。僕じゃなきゃいけない理由なんて無いだろ」

妖精は答えなかった。

「答えろよ、オイ」

少年は再度ため息をつく。自分で考えろ、か…。

妖精は少年の周りを数回周り、そして言った。

「デット、なんで人が生まれるか知ってる?」

「ただ自然の摂理に逆らえないだけだろ?」

不機嫌そうに答える。それは少年の心を映し出していた。

突然押し付けられた戦いに戸惑っている少年の心を。

「なんでさ、そんなに投げやりに答えるの?」

「僕に夢を持て、って言いたいのか?」

妖精は困り果て、少年のそばで不貞寝する。

少年もまた、時間の経過とともに夢の世界へと旅立っていった。
 

光の世界 東の神殿前

東の神殿の入り口にて、少年は襲われた。

それは見る限り、豚である。豚が二本足で立ち、鎧をつけ、槍を片手に盾を片手に持っている。

今まで見た魔物たちとは比べ物にならないほど知能が高い魔物だった。

「ぐふふふふ…まさかコイツがデット…あのお方の障害?」

「こいつ…何の話をしてるんだ?」

豚は大声で笑い出し、槍を構える。

「こやつがあのお方の障害になろうとは、片腹痛いわ!」

槍をかわし、少年は剣を抜く。そして、豚を腕を切り落とそうと剣を振り下ろす。

だが、それはかわされてしまい、槍が少年を貫こうとする。

ギリギリで避けたが、顔にかすり傷が出来る。

少年はその体勢のまま剣を振り上げる。何の計画も無いがむしゃらな攻撃だったが、豚の腕に切り傷をつけることが出来た。

そして、両者ともに間合いを取る。

「ほう…なかなかやるな小僧。フォームがなっていないが、それでも基本は出来ている。だが…」

豚は一旦言葉を切り、ビンを出す。

そのビンの中には、妖精が閉じ込められていた。

「これは見せしめだ」

豚は、妖精の入ったビンを落とす。ビンが割れ、その破片によって妖精は傷つけられ、苦しみだす。

少年にはこの行動の真意が分からなかった。

「これが女子供だったら、どうする?」

理解した。そういうことか!

「何してんだよ!」

豚は無視し、近くにいた魔物に合図を送る。

魔物はあるものを運んできた。人に見えるが…。

「これでも攻撃できるか?」

…豚が今掴んでいるもの、それは紛れもなく人だった。老人。

よく見れば、ヤコー村の薬屋で会った婆さんだ。コウメ…と言ったか。

「お前は…!」

少年は剣を収めた。これで攻撃が止むわけではないと分かっていながら。

「よく分かってるな、これでお前は全くの無抵抗。やり放題ってわけだ」

魔物が近づいてくる。本来ならこんな魔物は相手じゃないはずだ。なのに今は手が出せない。

蹴られ殴られ踏まれ…そうした末に豚は言った。

「ハハハ!これでお前はもはや動けまい!!」

そして、豚は婆さんの首をむんずと掴み、その腕に力を込める。

少年は激しい焦燥に駆られた。

自分のせいで命が失われる…そう思うと、少年はやりきれない気分になった。

突然だった。少年の体が軽くなったのだ。

何故かは分からないが、手の甲から光が発せられているのが分かった。

立ち上がった。そう見えたのは一瞬で、少年は豚の目の前にいた。そして少年は豚の頭めがけて剣を突き刺す。

豚は足から塵になっていく。

「貴様…、やはり貴様は…司………ス様の…」

「何を言ってるんだよ、そんなのは僕じゃない。僕であるはずが無いだろう」

豚は既に下半身が消えていた。そして、両腕が消える。

「いいや…戦ってみてわかった…。お前は…ウー……」

既に消え行く豚に向かって、デットは剣を何度も突き刺す。何度も何度も。

豚は消えていった。

「いい加減にしろよ…僕は普通の人間だ。ただ…それだけだ」

そういった後、少年は気を失った。

その姿を、ある女性は見ていた。
 

少年は目を覚ました。そして辺りを見渡す。

「気がついたようだね」

荒野、そこにある竪穴の中。そこに少年は運ばれた。

今目の前にいるこの女性によって。

「…ありがとう…婆さんは、妖精は?」

「さっきコタケ婆さんが迎えにきたよ。それと、助けてくれてありがとうだって。

…残念だけど、妖精は…」

良かった…少年はそう思うと同時に、悲しくなった。見ず知らずの老婆だったが、デットは助けたいと思った。

もしあの場で老婆が死んでいたら、コタケ婆さんは怒っただろう。全ての責任は自分にあることになっただろう。

それに、目の前で人が死ぬのを見るのは忍びなかった。

だけど、妖精が死んでしまった。

「あんた…名前は?」

「残念だけど、答えられないよ。あたしはただの女…それだけ」

そう言い、女性は笑う。

「…僕はデット」

知ってるよ、女性はそう言いたげな顔をした。

「そっか、やっぱりキミがウールの一族の末裔か」

少年の体が反応した。その単語は、さっき聞いたような気がする。

ウールの一族。知らない種族の名だ。それが司祭デスと何の関係があるのだろうか。

そんなことを考えているうちに、女性は口を開く。

「…やっぱし、そう早く決意できるようなもんじゃないよね。司祭デスと戦うなんてさ」

その言葉に、少年は反応し顔を上げる。

司祭デスと戦う、確かにそうなるのかもしれない。ニーヤ姫を連れ出した時にそれは決定事項となったのかも。

それを見るなり、女性は笑い出した。

少年がムッとして女性をにらむと、女性は言った。

「あ、ごめんごめん。反応が面白くてさ。いやー、ニーヤの言ってた通りだよ。…キミ、迷ってるね?」

それまで明るかった女性の顔が急に暗くなる。

「迷ってる…?」

確かに、迷ってないと言えばうそになる。イライラしていたと言えばそれも本当だ。

だからあの妖精に当たったりした。

誰かに当たったって、どうしようもないことは分かっていても、それをせずにはいられなかった。

そんなこともあって、少年はそれを肯定した。

「…今のうちにあたしが今まで何やってたか教えてあげる。ニーヤのお守り。と言うよりも、遊び相手のほうが正しいかな。

だからあたしはニーヤのことはニーヤ以外の誰よりも知ってるつもりだし、ニーヤの考えも分かる。

ニーヤはキミを勇者だと見込んだ。ウールの一族だと。

キミならやってくれるだろうと思った。だからキミに全てを託した。そんなキミが今、迷ってる。

何で自分が戦わなくちゃいけないのかって思ってる。他の誰かじゃだめなのかって思ってる。違う?」

少年は答えなかった。

だが、正しい。全て正しい。ニーヤが自分を選んだ理由、考え、自分の迷い、逃避、そうしたあれこれ。

それら全てを的確に言い当てている。

だから少年は答えられなかった。

否定したら自分を偽ってることになり、肯定したら開き直ってることになる。

そういうことだ。

…ただ、自分以外の人がこれを突きつけられたとしたら、大体の人間は自分と同じ迷いを持っただろう。…当然のことだ。

「じゃあ、全部割り切ればそれでいいじゃないかってことにはならないだろ」

…自分ですらもうどうしようもないことは分かっている。この運命には抗えない。

でも、認めたくはない。出来ることなら普通に暮らしていたい。

今はそう思っていた。

「…これは自分自身の問題だから、あたしは何も言えないけれど、よく考えてみて。

キミはニーヤを城から連れ出した時、何を思った?多分…守りたい、って思ったんじゃない?理不尽だ、とか思わなかった?

それが本能。キミが持って生まれた本質。それは何があっても変わらないから。

今は迷っていても、必ず答えを見つけ出せる。キミならね。だから考えてみて。

自分が選ばれた理由、自分がしたいこと、しなければならないこと、守りたいもの、失いたくないもの、そうしたもの全てを。」
 

荒野。ここにある妖精の泉で、ロザリオと再会した。

魔物に襲われる前から姿が見えなかったので、仕方なく探すことにしたのだ。

ロザリオは相変わらずであったが、それに対してデットは何も感じなかった。

多分、感覚が麻痺しているのだろう。

普段はデットを気遣う素振りを見せないロザリオが心配するくらいだったのだから。

「デット、大丈夫?」

デットは答えなかった。

黙って泉を出て行くとそこには見慣れた荒野が広がっている。

東の神殿への道中、デットはロザリオに問いかけた。

「…司祭デスは、なんであんなこと出来るんだろうな…」

それは、間接的にとはいえ、妖精を殺してしまったデットの苦しみを含んでいた。老婆は助かったが、あまり変わりはない。

失った命は何にも変えられないからだ。

そして、あの女性に言われたことに対する答えを探していた。

ロザリオは答えた。

「人ってね、同じことが何回もあるとそれに慣れちゃうのよ。それが普通だと思っちゃう。それは人じゃなくても同じよ。

司祭デスだって、最初は望んでなかったかもしれないじゃない」

しばらくの沈黙の後、デットはこう言った。

「僕は過去の話をしてるんじゃない」

「でもデットが話しかけた!」

「僕が言いたいのはだな!」

はっとして、デットは口を閉じた。

「…賢者をさらって、イケニエにして…それって要するに殺してるってことだろ?」

「…確かにね、そうよ。で、それで何で平気かって…そんなのこっちが知りたいわよ」

両者とも意見になっていない。それは確かだ。

「僕はそんなこと聞きたいわけじゃない」

それから二人は、しばらく何も話さなかった。
 

デットはしばらく物思いにふけっていた。

何故僕は戦わなければならないのだろうか。

考えても分からない。でもそれじゃ納得できない。

戦って、倒して、また戦って…。

それはただの人殺しじゃないのか?

司祭デスと同じではないのか?

思考はそこでループし、そこから抜け出すのに時間がかかった。

しばらくして、そのことを忘れようと司祭デスの目的を考え始める。

大体の話はニーヤ姫から聞いていたから分かる。

司祭デスが聖地への扉を開き、トライフォースを手に入れようとしている。

でも、トライフォースなんてあるかも分からないものをなぜ?

未だにデットは信じられずにいた。

「…デット、信じられないかもしれないけどね」

先にこの気まずい空気を打ち消したのはロザリオだった。

「私たちは、この世界と聖地を行き来出来るの」

デットの心を読んでいたのか、そう思わせるような話題だった。

当然デットは食いつく。

「聖地って、あのトライフォースのある?」

「そう。最も、行き来出来るのは森の中だけ。森の外へ出たらたちまち悪魔になってしまうわ。

私は…そういう妖精たちを沢山見てきたから…わかるの」

デットは、その話を聞いて、この妖精に哀れみを感じると同時に、確信が持てた。

トライフォースは存在する。

そして、それを手に入れて司祭デスは…。

デットの脳裏に、司祭デスが村人を迫害する…そんなイメージが浮かんだ。

「…そうか。この国が支配されたらレインさんも無事じゃない…」

その想いとともに、デットの脳裏にあの時の妖精が現れる。そして、デットより二、三歳年上の女性の姿が現れる。

そして、もし世界が司祭デスに支配されたら、あの妖精みたいに苦しみながら死んでいく人達がどれだけいるだろう。

そして、この妖精が味わったと思われる苦しみが、どれだけ世界中にあふれ出すことだろう。

想像して、デットは怒りがこみ上げてきた。

そして、デットの中である決意が固まる。

僕が弱いのなら、今僕の傍らにいるこのか弱い妖精は…。

僕に力が足りないのなら、今何処にいるのか分からないあの人は…。

司祭デスがトライフォースを手にしたら、この世界中にいる人達は…。

「僕が動かなきゃ、みんなあの妖精みたいになっちゃうんだろうな…」

その思いは傲慢かもしれないが、デットは、強くなりたいと初めて思い、護りたいと初めて思った。

目の前で苦しみ、死んでいった妖精を、また見たくなかった。

デットは、自分の決意を言葉に出す。

「僕は…光になりたい…!みんなの心を照らす、光に…」
 

東の神殿に近づいてきたところで、ロザリオが空腹を訴えた。

デットも丁度空腹だったので、昼食をとることにした。

そこらにある岩に腰掛けると、デットは花を見つけた。

この荒野に、花が何本か。

「何見つけたの?」

「花だよ」

ロザリオが覗き込む。そこには、赤い花があった。

「千日紅ね。何でこんなところに…」

「千日紅?」

「本来は熱帯で育つ花よ。花が長い間赤いことから千日紅って言われてるの」

デットは、なるほどと思い、その花を見つめていた。

この荒野に、ぽつりと寂しそうに咲いた、少量の千日紅…。

「千日紅の花言葉はね、『永遠なる愛』って言うの」

デットは、ロザリオの方を向き、口を開く。

「何が言いたいんだ?」

デットが思ったように、ロザリオは動かなかった。

ただ、それをデットの持っている小袋の中に入れただけだった。

その行動の意味がデットには分からなかった。

「デット、あなたの恋が成就しますように…」

「はあ?」

意味が分からない、といった顔をデットはしていた。

ロザリオは、この何かもやもやとした感情の正体を勘繰っていた。

それに気付くのはもう少し後の話である。

しばらくした後、デットは口を開いた。

「…巨大な魔物が草原を一夜にして荒野に変えてしまったって伝説が、ヤコー村にはあるんだとさ」

ロザリオはその話に耳を傾ける。デットがこんな話をするのは珍しかった。

「その魔物は、とある女性に恋をしたことがあるんだと。でも自分の存在の何たるかを知っていた魔物は、遠くから眺めてるしかなかった」

いつのまにか、ロザリオはその話に夢中になっていた。

「ある日、その女性がとある男と付き合い出し、結婚し、子供も生んだ。それなのに、男は女性を捨てた。飽きたとか、そんなくだらない理由で。

その後にな、女は自殺したんだ。男に捨てられた悲しみは相当のものだったらしい。自分の喉をナイフで掻き切ったそうだ。

魔物は怒り狂った。多分、誰よりも女性のことを気にかけていたと思う。だから男を殺した。

男はカカリコ村へ行く途中だった。草原で、男は魔物に襲われた。

男は必死に抵抗した。好色だが凄腕の剣士だったそうだ。だが、一時間も持たずに殺された。

その後も魔物は暴れ続けた。男を殺しても怒りが収まることは無かった。

一晩中暴れて、魔物は自分の喉を掻き切った。女性と同じ死に方を選んだんだ。

そのとき流した涙が、草原を荒野に変えたと言われているんだ」

デットは一息ついて、言った。

「何が言いたいか、大体分かるよな」

ロザリオは頷く。ここまで言えば、誰でもわかるというもの。

「…この荒野は、魔物の胸中を表している。荒れた大地は、魔物の悲しみ。草木無き大地は、魔物の怒りである、と村人は信じた。

それが本当なら、この千日紅は、魔物の女性を慕う心そのものなんだろうな」

デットは、どこか遠い目でロザリオを見ていた。ロザリオもまた、そうだった。

「千日紅…変わらぬ愛情…」
 

勇気の試練を受ける前のことであった。



デットの心理描写を中心に。
千日紅が最期しか出ていないという適当さ。
この時点ではロザ→デットとはなっていない状態。
時間としては、協会を出てから1〜2日後って所。
うまくまとまってるかなこれ。
ちなみに、「少年」と「デット」で呼び方が違うのは民間人の工夫です
それ以上でもそれ以下でもない